卒業制作(1985年)

東京総合写真専門学校での卒業製作です。8×10で撮影していたニコラス・ニクソンという写真家の作品を真似て、4×5カメラで撮影しました。フィルムはTmax400。印画紙はイルフォードのマルチグレード、バライタ紙です。ちょこっと私自身が写り込んでいる写真もあります。この作品で卒業時に優秀賞の「金時計」を頂いたのですが、この時計を貰った人は出世しないというジンクスがありました。一番最初に出てくる写真は、...
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泣き顔展(2003年)

銀座の交通会館にドイフォトギャラリーがあり、そこで展覧会をやりました。ドイの那須川さんに「写真展やりません?」と声を掛けられてから、企画を考えたのです。写真道場のお客さんや知り合いに声を掛け、「泣き顔」を撮らせていただきました。写真展を見に来てくださったお客さんの反応で面白かったのは、どう見ても子育てに関心がなかったろう中高年男性に限って、「かわいそう」といった反応が大きかったことです。とかく子育...
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ポラロイド(1986年ころ)

写真学校の研究室に通っていた頃だと思います。日本ポラロイド社と写真学校の企画で虎ノ門にあった日本ポラロイド本社1階のギャラリーで「コンテンポラロイド」という写真展を開催していたのです。その流れだったと記憶しているのですが、ポラロイドフィルムの無償供給を受けることができていたのです。8×10のポラロイドフィルムといえば、1枚2000円程度する超・高級品でして、むろん、こんなものは貧乏学生には手が届き...
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東京パラダイス(1991年)

 四半世紀前。チーマーと呼ばれる若い人たちがたむろしていた渋谷の夜。かたや、綱島温泉に集う老人たち。タイトルは「東京パラダイス」で、ううむ。謎解きは、見る人にお任せということにして。4×5のカラーネガを使って撮影しています。プリントは、ドイテクニカルフォト。1×1.5mくらいのビッグサイズプリントです。途中に挟み込んだモノクロの会場風景は、写真学校の同級生であった三橋氏が撮影してくれたバライタプリ...
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India Varanasi(1985年)

 写真学校に入って2年目の夏に1カ月、インドに行きました。生まれて初めての海外旅行です。観光旅行というのではないので、1カ月間ずっとベナレス(バナラシ)で過ごしました。その時に撮っていた写真がこれ。いわゆる聖地のイメージなどまったくなく、人ばかり見ている感じ。カメラは、プラウベル・マキナ。6×7です。フィルムはTmax400、印画紙はイルフォード・マルチグレードだったと思います。
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著書

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もう一つのスナップショット(1999年)

 当時、銀座にあったニコンサロンで開催した写真展「もう一つのスナップショット」の作品です。全部4×5カメラで撮影したものです。フィルムはTMAX400。イルフォードの幅108センチのロールペーパーにプリントしました。ですので、展示している一枚のプリントの縦が108センチ。横は130センチくらいあります。全て、私の手焼き。写真道場のスタジオに引き伸ばし機をセットし、薬液プールを作って、1週間掛かりで...
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絶対心霊写真展(1999年)

ポラロイド タイプ55(4×5判)を使い、多重露出と長時間露出で撮影した偽・心霊写真で、1999年、虎ノ門にあったポラロイドギャラリーで展覧会をした作品の一部です。タイプ55はネガフィルムが得られましたので、それを定着しておき、プリントしました。画像のフチがその痕跡です。 シャッタースピードの概念がわかっていれば納得できる写りです。ただ、撮影して1分程度の現像時間を終えたあと、ペラペラっとフィルム...
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笑う寿像展(1998年)

写真道場を作って5年目かな? 写真館で撮影する写真を考えたときに、「遺影」というのが大きな意義の一つであろうと考えたわけです。老若男女を問わず「遺影を撮っときませんか?」という問いかけに答えてくださって30名ほどの方々の遺影を撮影し、新宿コニカプラザで展覧会をやりました。「寿像」というのは、遺影と同じような意味で、辞書にもちゃんと載っている言葉です。参加者の一人には、山本 晋也さんもいました。 ...
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秋葉原ラプソディ(1992年)

コンピュータ関連のムックに掲載するために秋葉原を撮影しました。再開発真っ盛りになる直前の時代の秋葉原です。今のアキバになることは、全く想像がつきませんでした。
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愉快な写真館展(1996年・渋谷ドイフォトギャラリー)

写真道場を始めて3年目を記念して写真展をやりました。今はなき渋谷ドイフォトギャラリーです。現タワーレコードの代々木寄りにありました。このパノラマ ↓ は、壁づたいに平面にしたパノラマです。横に動かしたり拡大したりできます。ところどころピンボケのところがあります。 看板も搬入していました。 会場風景。 簡易スタジオを作って、インスタントフィルムで撮影したのです。
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1984 夏

遺跡発掘シリーズ(2) 昔の作品を掘り起こしています。 写真は1984年(最後のスライドを書いたのは2009年頃)。写真学校(夜間)の1年の時、日々の写真を撮って一冊にまとめる、という夏休みの宿題で作った写真集です。今思えば、最高の思い出になる宿題になりました。 当時は未だ瀬戸内海大橋が架かっておらず、高松~宇野をフェリーで渡っていたのでした。宇高連絡船ですよ。船の中で立ち食い讃岐うどんが販売さ...
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俺たちの祭り-1982 (阿波踊り)

遺跡発掘シリーズ(1) 昔の作品を掘り起こしています。 1982年、私21歳。会社勤めをしていた頃に、阿波踊りを撮影してまとめたものです。アサヒカメラに送って、翌年、ギャラリーという企画の見開きで掲載していただきました。掲載だけでなくいろんな意味で、人生の変わり目を感じた阿波踊りになりました。 途中に出てくる1カット(アイキャッチ画像)は、『藝術写真捏造博覧会』の表紙に使った写真です。これを私自...
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