東京パラダイス(1991年)

 四半世紀前。チーマーと呼ばれる若い人たちがたむろしていた渋谷の夜。かたや、綱島温泉に集う老人たち。タイトルは「東京パラダイス」で、ううむ。謎解きは、見る人にお任せということにして。4×5のカラーネガを使って撮影しています。プリントは、ドイテクニカルフォト。1×1.5mくらいのビッグサイズプリントです。途中に挟み込んだモノクロの会場風景は、写真学校の同級生であった三橋氏が撮影してくれたバライタプリ...
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India Varanasi(1985年)

 写真学校に入って2年目の夏に1カ月、インドに行きました。生まれて初めての海外旅行です。観光旅行というのではないので、1カ月間ずっとベナレス(バナラシ)で過ごしました。その時に撮っていた写真がこれ。いわゆる聖地のイメージなどまったくなく、人ばかり見ている感じ。カメラは、プラウベル・マキナ。6×7です。フィルムはTmax400、印画紙はイルフォード・マルチグレードだったと思います。
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もう一つのスナップショット(1999年)

 当時、銀座にあったニコンサロンで開催した写真展「もう一つのスナップショット」の作品です。全部4×5カメラで撮影したものです。フィルムはTMAX400。イルフォードの幅108センチのロールペーパーにプリントしました。ですので、展示している一枚のプリントの縦が108センチ。横は130センチくらいあります。全て、私の手焼き。写真道場のスタジオに引き伸ばし機をセットし、薬液プールを作って、1週間掛かりで...
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絶対心霊写真展(1999年)

ポラロイド タイプ55(4×5判)を使い、多重露出と長時間露出で撮影した偽・心霊写真で、1999年、虎ノ門にあったポラロイドギャラリーで展覧会をした作品の一部です。タイプ55はネガフィルムが得られましたので、それを定着しておき、プリントしました。画像のフチがその痕跡です。 シャッタースピードの概念がわかっていれば納得できる写りです。ただ、撮影して1分程度の現像時間を終えたあと、ペラペラっとフィルム...
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笑う寿像展(1998年)

写真道場を作って5年目かな? 写真館で撮影する写真を考えたときに、「遺影」というのが大きな意義の一つであろうと考えたわけです。老若男女を問わず「遺影を撮っときませんか?」という問いかけに答えてくださって30名ほどの方々の遺影を撮影し、新宿コニカプラザで展覧会をやりました。「寿像」というのは、遺影と同じような意味で、辞書にもちゃんと載っている言葉です。参加者の一人には、山本 晋也さんもいました。 ...
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秋葉原ラプソディ(1992年)

コンピュータ関連のムックに掲載するために秋葉原を撮影しました。再開発真っ盛りになる直前の時代の秋葉原です。今のアキバになることは、全く想像がつきませんでした。
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愉快な写真館展(1996年・渋谷ドイフォトギャラリー)

写真道場を始めて3年目を記念して写真展をやりました。今はなき渋谷ドイフォトギャラリーです。現タワーレコードの代々木寄りにありました。このパノラマ ↓ は、壁づたいに平面にしたパノラマです。横に動かしたり拡大したりできます。ところどころピンボケのところがあります。 看板も搬入していました。 会場風景。 簡易スタジオを作って、インスタントフィルムで撮影したのです。
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1984 夏

遺跡発掘シリーズ(2) 昔の作品を掘り起こしています。 写真は1984年(最後のスライドを書いたのは2009年頃)。写真学校(夜間)の1年の時、日々の写真を撮って一冊にまとめる、という夏休みの宿題で作った写真集です。今思えば、最高の思い出になる宿題になりました。 当時は未だ瀬戸内海大橋が架かっておらず、高松~宇野をフェリーで渡っていたのでした。宇高連絡船ですよ。船の中で立ち食い讃岐うどんが販売さ...
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俺たちの祭り-1982 (阿波踊り)

遺跡発掘シリーズ(1) 昔の作品を掘り起こしています。 1982年、私21歳。会社勤めをしていた頃に、阿波踊りを撮影してまとめたものです。アサヒカメラに送って、翌年、ギャラリーという企画の見開きで掲載していただきました。掲載だけでなくいろんな意味で、人生の変わり目を感じた阿波踊りになりました。 途中に出てくる1カット(アイキャッチ画像)は、『藝術写真捏造博覧会』の表紙に使った写真です。これを私自...
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