アルバイトをしていた頃に、フォトジャポンに掲載されるなどして印象に残っている写真家が何人かいます。コマーシャルやドキュメントで既に知られていた方を除けば、そう人数は多くありません。
森村 泰昌(もりむら やすまさ)さん。ゴッホの自画像の絵画を自作自演して撮影したサンプル写真を、編集部に出入りしていた長谷川佑子さんに見せられたのが最初。私自身の好みであるパロディのような作品であって、「世の中にはこんな面白いことをしている人がいるんだ」という驚きと、その作品の「清々しさ」に見入りました。これがフォトジャポンに掲載されたかどうかは記憶にないのですが、氏はその後、たいへんに有名な「現代美術家」になります。
宮澤 正明(みやざわ まさあき)さん。wikiに、「85 年に赤外線フィルムを使用した処女作「夢十夜」でニューヨークICPインフィニティアワード新人賞。」とあり、この前段として、フォトジャポンに作品が掲載されたんじゃなかったかなぁ。1960年生まれで、ほぼ同世代、かたやフォトジャポン編集部のアルバイト兼貧乏学生、かたやスター街道をまっしぐらに上り詰めようとしている若手写真家、という落差に愕然としつつも、赤外線フィルムの作品は決して好みではなかったので、なんだかなぁ、と煮え切らない想いをしておりました。確か、彼の将来性に期待した編集部が、山口小夜子さんを彼に撮影させて作品撮りをして掲載する企画およびコーディネートをしたように覚えています。こうした意味では、フォトジャポンを踏み台に、有名になった写真家は多いはずで、たかだか3年の出版期間とはいえ、この雑誌の功績は大きいなぁ、と今にして思います。
ヤマグチ ゲンさん。フォトジャポン掲載だけでなく、自主運営ギャラリーに出入りするなかで、何回かすれ違っているはず。彼も同世代。方向性としてはドキュメントといっていいんでしょうが、ただ現場を写しましたというのでなく、印象的(主観的)なイメージで、かっこよかった。ネットで調べてもなかなか出てこず、こんな個人サイトを発見。海外でも活躍しているみたい。写真、相変わらずいいなぁ。
などなど・・・。やり始めればキリがありません。
二手舎のサイトは本当によくできていてありがたく、目次を全て見られます。丹念に見ていけば、いろいろ思い出します。
しかしふと思うに、表紙はぜんぶ「外国人」だったのですね。改めて見直して初めて気付いて、なんともいえない気持ちになりました。
フランスの『PHOTO』との契約で、そういうのがあったのでしょうか?「和」をテーマにした表紙と日本特集をして、フランスに日本の写真界を売り出したらよかったのに、などと今、思ったりしますが、もちろん後知恵です。
他の写真・カメラ雑誌との差別化をはかる目的もあったかもしれませんが、当時、こういう表紙と内容がずいぶんかっこよくお洒落に見えたわけで、そこに何の疑問も持たなかったことは確かです。
1983年創刊~1986年休刊。時、あたかもバブル景気前夜。
ここから35年が経ちました。バブル崩壊、写真美術館の濫立、ガーリーフォトの隆盛・・・
時代は変わって当然でしょうが、私という個人はなかなか変われないものだなぁ、と変わらない古本の表紙を眺めながらしみじみしています。
ところで、こうして全体を見直してみると、当時の他の写真・カメラ雑誌とは本当に一線を画した雑誌だったのだなぁ、と。外国の写真の紹介が多いとはいえ、先に述べたよう日本の若手を世に出した功績も大なるものがあります。新しい写真以外にも古い写真に目を向けた特集もあり、今見てもたいへんに野心的な企画が多いです。写真評論も充実しています。
さすがに全号、外国人が表紙、はあり得ないでしょうが、今、もうちょっと体裁を変えたものが出れば、買って見たい、読んでみたいと思うのです。「カメラ毎日」じゃ気持ちが重いしなぁ、他の雑誌は軽すぎるしなぁ・・程度の気分ですが。
がしかし・・・。そもそも出版社とお金の問題は置くとしても、写真ファン、カメラファンといった読者は今、どこにいるのか? 多くのファンが見たがる「写真家」 とその作品は、そこまで潤沢に居るのだろうか? 書き手はいるのだろうか? と少し具体的に考え始めると、これはもう無理筋にしか思えなくなってきます。
「写真で表現したり見る欲求は、ぜ~んぶ、インスタに取られてしまったんじゃね? 」という心のささやきが・・・。
興味のある方は、二手舎のサイトで購入できますよ。
