会社を辞めたのは1994年の3月なので、今年で39年目。会社勤めを続けていたら、昨2021年の3月19日の60歳の誕生日をもって定年になっているはずです。私は高専卒ですから、同期の大卒の人たちは2年以上前に定年。高卒や学院卒(学院というのは電力会社が運営していた高校相当の学校で、中卒入学。卒業したら会社に勤めることを前提にした学校でした。ちょっとだけしらべたら、関西電力学園がヒットしましたが、こういう仕組み自体はずいぶん前になくなっているみたい。)の人たちも今年定年になるはずです。

 このところ暇をみては雇用問題系の本を読んだりやyoutubeを見ているのですが、私たちに完全に根付いてしまっている年功や定年制の「おかしさ」を知れば知るほど、虚しさが募ってきます。こういうことはもっと早く教えてくださいよね。と。しかしそれはそれ。ま、雇用を問題としてとらえられようになったのも、60歳という歳のお蔭といえばお蔭。

 ともかく、私もめでたく定年にあたる歳になっているわけで、この世代になって今更、若かりしころに会社を辞める理由などをひもとくのもどうか、という気分もあるわけです。ただ、そうはいっても、例えば今、目の前に23歳になろうとする私自身がいて、彼が私に会社を辞めようかどうか相談したとして、私はいったい彼にどうアドバイスをするか? と問えば、迷うことなく「辞めてしまいなさい」というに違いありません。

 しかしこれは、今の自分自身を比較的肯定的にとらえられるからであって、この40年近くが自分の思うようになっていなかったとして果たしてそういえるだけの自信があるのか、それはわかりません。しかし、前回書いたように、この性格で会社勤めを続けたとしたら、かなりヤバいことになったやもしれないとも思うのです。

 会社に入ったころ、諸先輩方に「趣味は大事。若い内から趣味をもちなさい」と口を酸っぱくするように諭されたことを思い出します。時代も育ちもあるのですが、「仕事が趣味と言えるほうが幸せな人生」という価値観が自分のどこかに抜きがたくあって、「趣味」をわざわざつくるような必要を認めることはできませんでした。話はずれるのですが、「思い出づくり」という言葉も嫌いで、幸も不幸もどんなことでも思い出になるのであるから、わざわざ金を出したり面倒なことに足をつっこんで「思い出」など作らなくてもよいんじゃね? という考えからもなかなか離れられません。

 という次第なんですが、この歳になると仕事以外の楽しみ、金にならない楽しみ、は大切だよなぁ、としみじみ思います。会社勤めをしていたら、多分仕事人間になっていたはずで、だから、こういう点でも自分はヤバかった、と。たしか中島らもさんが『今夜、すべてのバーで』で「教養とは、自分ひとりで時間が潰せることができる能力である」といったようなことを書いてらして、ここでいう趣味も、そのようなものなんだと思います。教養がなくても、趣味がなくても、友人知人や家族や地域とのつながりがあればなんとかなるのでしょうが、そういうつながりがなくなった後にのこるのは、ひとりでできる何かであるだろうし、逆説的になりますが、「教養」や「趣味」によって新しいつながりをつくることができるのでしょう。

 古い友人知人の何割かは、いわゆるリタイヤをしています。始めはよかったけれどだんだんやることがなくなって、という人。忙しい忙しいと口には出すものの、傍目からみると暇しているとしか思えない人がいて、会社を辞めて他の仕事を始める人もいます。定年延長や再雇用で仕事を続けている人はリタイヤ予備軍。でもだいたいは会社を辞めた後のことは想像ができない、みたい。ま、そのときになってみないとわかんないでてからね。とここで自分はどうか、と問えば、今まで通りの仕事を続けつつも、まだまだ他に仕事でやりたいこともあるのだけれども、なんとなく頭や身体がついてこなくなりつつある感じ。 

 誰かが言っていました。60歳で再スタートを切るのはまだ難しくないけれど、これが65歳になるとはるかにハードルが高くなる。だから、会社から離れるのは早い方がいい。定年延長や再雇用の5年は楽に見えて、その後の人生をより厳しくする第一歩になるんじゃないか? と。自営業の自分自身にとっても、これは意義深い指摘のように思います。

 とういわけで、60歳以降の人生の方がバリエーションが豊かそう。いい意味ばかりじゃないのですけれどね。

つづく