個人史的序列

先に掲載したカメラ雑誌を、休刊順に並べた表が上になります。当然のことながら、上になるほど私が若いころに休刊になった雑誌になります。お世話になった事実でいえば、日本カメラが断然上位になるのですが、思い入れという意味では不思議と休刊順にして不自然さを感じません。

アマチュアから決別するべく会社員を辞めて上京したのが1984年ですから、自分の写真観が出来上がっていくなかで、先に失われたものの意味が徐々に内的に膨らんでくるということはあるかもしれません。

なので、ここは少し郷愁の意味も含めつつ、まずは「カメラ毎日」から。

カメラ毎日・1

「カメラ毎日」創刊号。1954年。

写真は、1954年に刊行された「カメラ毎日」。

この本は手元にあって、日本カメラで連載をしていたころ、どこかで開催した個展を見に来てくださった年配の読者がいらして、その方から、後日お送りいただいたのです。他に「映画の友(1956年5月号)」も同封されていました。

捨てられませんわねぇ。

ところで、アマチュアだったころは、アサヒカメラ、日本カメラを購入することが多く、私にとってちょっとハードルが高いというか、わかりにくいというか、そんなニュアンスがあったかもしれません。

ただ、アマチュアとはいえ多少本気で写真に取り組むようになった二十歳過ぎころに、カメラ毎日の「アルバム」欄はまぶしかったです。「アルバム」は、1977年1月からスタートした企画で、写真コンテストとは違い、30枚程度のまとまった作品を応募し優秀とされる作品は数ページに渡って掲載する、というもの。

先生に写真を選別していただき、序列化、講評されておしまい、というのではなくて、写真を通して自分を表現できる、というのが魅力でした。ここから写真作家あるいはプロになった人は結構多いじゃないかなぁ。

しかしそれでも、仲間もいず、一人でもくもくと写真撮影と現像をしていた自分にとって「アルバム」はすごくハードルが高く感じられ、雲上の存在といっていい、憧れのページでした。思えば、広告や新聞社などのカメラマンを除き、写真家として認められる登竜門といえば、雑誌「太陽」の太陽賞が唯一といっていい存在だったのです。他に道があったとしても、地方の片隅では、このように東京から発信される「雑誌」か、写真屋の親父からしか、情報を得られなかったですからね。

つづく

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