「New Japanese Photography」展

「ニュー・ジャパニーズ・フォトグラフィー展」 のトビラ

カメラ毎日というよりは、1970年代に編集長であった山岸章二さんの功績といった方がよいのかもしれませんが、「New Japanese Photography」展についても触れておかなくてはならないでしょう。

これは1974年にニューヨーク近代美術館(MoMA)で開催された写真展で、日本人作家15人の作品を紹介したものです。山岸章二さんは、当時のMoMAで写真部門のディレクターをしていたジョン・シャーカフスキー(John Szarkowski)とともに、本展示会のディレクションを行ないました。戦後日本の写真作家および写真作品が世界に向かって大々的に紹介された記念碑的な写真展とされています。

15人の写真家とは、土門拳、石元泰博、東松照明、川田喜久治、内藤正敏、一村哲也、土田ヒロミ、深瀬昌久、奈良原一高、細江英公、森山大道、秋山亮二、小原健、田村シゲル、十文字美信。

ここに掲載した写真は、1974年6月号のカメラ毎日に紹介されたこの展覧会の特集です。モノクロのグラビア42ページ(内、シャーカフスキーと山岸さんのテキストが3ページ、広告1ページ(ペトリの一眼レフ!))、さらに 普通印刷のテキスト21ページ、実質62ページの一大特集といっていいでしょう。

プリンター・斎藤寿雄さんの名を発見!

卑近なことを言えば、土田ヒロミさんと田村シゲル(田村彰英/最近は”あきひで”と読んでいるみたいですが、当時学生の間では”しょうえい”と呼んでいました)さんは、私が通っていた頃の東京綜合写真専門学校の講師でした。秋山亮二さんは後にコニカの会員誌「フォトコニカ」の著者として私を抜擢してくださった恩人。森山大道さんはかつて有名で今も有名な方ですが、80年代後半の一時期、ほとんど語られなくなった時代があって、この頃に取材させていただいたことがあります。

などと記しながら、当該特集のトビラを見ていましたら、なんと、「プリント作成・斎藤寿雄」のクレジットを発見しました。ああ、なんで今まで気付かなかったのだろうか・・・。

モノクロ印画のプリンターの大御所(というとなんか雰囲気が違うのですが)、斎藤さんは当時、ドイテクニカルフォト(略してドイテク)に勤めていて、プリント技術を買われて本展示会のプリントを一手に引き受けたという話を、90年ころ、CAPA の取材でドイテクに伺ってお話を聞いたことがあるのでした。現在は、ドイテクから暗室部門だけが独立したフォトグラファーズ・ラボラトリーでプリントをしていらっしゃいます。

こうした意味では、浅からぬ縁がないわけでないのですが、展示(掲載)された作品に対しては、「これらの写真が日本を代表する作品なのだ」という薄い思いしかなかったかもしれません。

本展覧会のレポートとして画家の池田満寿夫さんが寄せている文章に、下記の一文があります。今にして当時を振り返りながら、深みがある内容だなぁ、と思う次第です。

「一方でファッション写真が興隆をきわめ、週刊誌に提供する写真の需要が増大するなかで反商業的な写真を撮り続けることは、職業写真家のイメージからの脱出を自らに要求するものであったに違いない。」

つづく

付録・「フォトグラファーズ・ラボラトリー」

フォトグラファーズ・ラボラトリーについては、こちらを参照。
以下は、2015年ころ(?)に撮影させていただいたラボのようすです。5つめのパノラマで、斎藤寿雄さんのモノクロ暗室を見ることができます。マウスや指でぐるぐる回せます。前後左右・天地も見られます。

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