髪の毛が寂しかったので、私の帽子をかぶってもらいました。

「余命半年なんだ。写真撮ってくれよ。」

2013年の12月。何の前触れもなく突然やってきて店先に立っていたのは、ジャージのような寝間着に近い服装の、小柄でやせ細った男性でした。

「福田だよ。元住吉の惣菜屋の。」と言われて、それでも直ぐには思い出せず、よくよく顔を見てやっと、いつも行っていた惣菜屋の彼だとわかりました。 実はこの時始めて、彼の名が福田さんだということを知ったのでした。

 私が上京して元住吉に住み始めたのは35年前の1984年。東横線・元住吉駅前の商店街はとてもにぎやかで元気なことで知られていて、その商店街が終わりかける端の右側にその惣菜屋はあります。今はビルごと改築されてこぎれいになりましたが、当時は木造のいかにも昭和な家族経営的な惣菜屋でした。

 鶏肉を使った さまざまな 揚げ物、焼き鳥、サラダ、揚げ餃子。食事のおかずとしても、酒のつまみにしても、好みの味で、元住吉で過ごした20年はずいぶんお世話になったものです。写真道場オープニングの時は、 特注大盛りオードブルセットを4皿くらい頼んだりもしました。

 その店は、私の両親よりも少し若いくらいの夫婦がやっていて、福田さんはそこの従業員。私よりはちょっと年上だと思います(年齢はいまだにわからずじまい)。その夫婦には息子さんもいたのだけれど、当時は学生だったか店には出ていませんで、福田さんはもちろん息子ではないんだけれど、そのような関係にあるようなニュアンスで、いつも店先で焼き鳥を焼いていたのです。 小柄で細身。黒々とした髪の毛はしっかりリーゼントで決めていて、ちょっととっぽい感じ。

 目の前にいたのは、その面影が少しだけ残っている福田さん。

「そこの日本医科大学に入院してるんだよ。肺ガンで水が溜まるようになって、余命宣告されちゃった。年が明けたら実家に戻るから、写真を撮ってくれないか。遺影が欲しいんだよ。」

 やせ細り、髪の毛は短く、どことなく精気もない感じも、すべて合点がいきました。

「あんたに撮って欲しくて、突然来ちゃってごめん。いつなら撮れる? 」 写真道場のパンフレットなどは事あるごとに渡していたので、覚えていてくださっていたのでしょう。うれしかった。けれど、悲しかった。

  数日後に写真を撮り、年明けにお渡しした後は、お会いすることもなく、もちろん連絡があるわけもなし。

 年が明けてしばらくして、惣菜屋に写真を持っていきました。

「あれだけ何度もタバコをやめろっていっていたのに・・・。」と、吐き捨てるように大声で叫んだのは息子さんでした。お兄さん的な存在だったのでしょうか、その愛着が半分憎しみに近くなっているような。

  写真をお渡しした時に福田さんから「写真は何にでも使っていいよ」と言われたまま5年半が経ちました。今こうして写真を見直していると、福田さんはまだ生きているような気がします。少なくとも、写真の中の福田さんはまだまだ元気そうだ。

惣菜屋の新しい制服で

 

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