鶏卵紙ワークショップの薬液が残ったので、手持ちのガラス乾板から鶏卵紙プリントを制作してみました。
箱にある、「SEED」が乾板の会社名で、1883年設立とのこと。明治16年です。Dry Plate はそのまんま乾板の意。しかし、Eastman Kodak Co. の名が見えるので、おそらくSEED社をコダックが買収した1902年(明治35年)以降のガラス乾板ではないかと想像しています。
サイズは5×7インチ。(約12.5×17.5センチ)
写っているのは芸者さんではなかろうか、と。

上のガラス乾板を鶏卵紙にプリントしたものが、下の写真です。
なんとはなしに味わい深いものです。

上部と左側に左右反転した文字が見えます。上部は 7.28.プラチナ、左側は 三枚、森田様 のようです。




たとえば、7月28日、森田様、プラチナプリント、3枚・・・とか?

アラビア数字は、明治初期に日本に入ってきたらしいですが、当時、7月28日をこのように表記したものかどうか?
プラチナプリントは、1873年に発明された技術で、20世紀初頭まで肖像用プリントとして人気があったとのこと。
鶏卵紙などよりもはるかに高価だったはずですが、はて? 真相はいかに?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です