ご自宅の外観は記憶にないのですが、重厚感のあるドアの奥にある広い書斎に通されました。20畳はありそうな広さ。畳1畳よりも長い木調の机にある深くゆったりした革製の椅子に西城さんは腰掛け、その前にあるソファに座って、あれこれお話をしました。絨毯に本棚、すべてが趣のある古風な品々でした。

「久門さんの文章は、いろいろな読み方ができますね」

といわれました。どう解釈してよいか微妙な発言ではあるのですが、当時はこのように返しました。

「ほとんど形式しか考えず、単語を代数みたいに扱っているかも知れません。固有名を覚えらないというか、そちらに価値をおきたくないのかもしれません。」

なんのことやらでしょうが、当時は確かにそうように考えていたフシがあります。今は逆。ディテールこそに意味があるのだと思うようになりました。歳のせいなんでしょう。長生きして初めて見えてくるものは、確かにあります。

お酒は確かウイスキー。しばらくしてレコードをかけてくださって、よくわからないクラシック音楽でした。

「フクチさんに電話をしてみましょう」といって、ダイヤルしてからすぐ、子機を渡されました。

「もしもし」と私。

「あ、くもんちゃんね。このたおやかな音楽は・・・西城さんの部屋でしょ?」

フクチさんもここに来たことがあることを、これで知ったのですが、他になんの話をしたか覚えていません。

後で、シャワーも浴びさせていただいたのですが、シャワールームが私のアパートの6畳一間くらいあり、私は多分、一生こういう自宅に住むことはないだろうな、と思いました。

老人施設で

翌日は、西城さんの老人施設に行きました。当時から、「老い」について自分なりに調べていたこともあって、このあたりの話を西城さんにぶつけたことで、もしかすると気に留めてくださるようになったのかもしれません。そうはいっても、伺った場所が正式に「特別養護老人ホーム」といってよいのかからないままなのですが、ただ、この一関で、全国に先駆けて実験的な施設を厚生省の協力を得て始めたという説明を西城さんから受けました。

当然ながら、施設は真新しくすべてが新品みたい。全体的に木調のやさしい雰囲気の中に、パステルカラーのドアや視覚的にわかりやすいピクトグラムが配置され、これをたとえるなら大きな保育園のよう。認知機能が低下していくので、幼い子供でもわかるようなデザインになっていくのでしょう。

私が伺ったのは確か午前中だったと思いますが、一人二人の老人を見かけたくらいで、看護師の方々もほとんどいませんでした。

「時間によってはこの部屋でカラオケを楽しんだりします」と案内された部屋も、広く、ゆったりしていました。しばらく施設ないのを案内された後、看護師の控室のようなところに通されました。西城さんは棚や引き出しを探し、いくつかのファイルを取り出します。

「これがカルテです。しばらく読んでみてください」

で、小一時間一人きりになり、カルテを読みました。が、その内容は、ボーッと霞がかかっていようで、白い紙の上に丁寧に読みやすく書かれた手書きの文字をた目が追いかけていることしか覚えていません。1時間も読んでいたのですから、その後で西城さんから意見を求められたはずなのですが、その会話も記憶にありません。

「最近の医療技術は、クスリを使って人の感情をコントロールできるようになりはじめています。これによって本人や医療従事者の負担を軽くすることができるのですが、反面、大変に恐ろしいことでもあるのです。」

この施設に入られている老人は主に近隣の方々ですが、認知症がひどくなってくると本人はもちろん家族の負担が増える。だからこうした施設が必要になるわけですが、家族との関係は薄くなっていくことも少なくないなどなど・・。果たして、長生きできるようになったのは、手放しで喜べることなのかどうか。一通り、こういう話をした後で、西城さんにしては比較的力強い声でこう語られました。

「私たちに必要なのは、新しい哲学なのです。」

これは私や私の世代以降の人々に向けられた言葉なのだ、と受け取りましたが、さて、この難問にどういう答えを見いだしていくべきか。

・・・・・・

さて、名実共に「尻切れトンボ」になってしまうのですが、話はこれで終わり。ここから後の記憶が、ボソッとまるごと欠落しています。この後、何をしたか、川崎に戻ってきてからどういう生活になったか、ZEITのフクチさんにはどのように報告したか・・・。

こうした記憶のつながりの無さは結果的に「これこれこういうことがあった。おしまい。」というお話にできない分、西城さんの話は断片化したまま、ずっと私の心の裏側に張りついていて、何かの拍子に思い出されるのです。

「私たちに必要なのは、新しい哲学なのです。」

これから30年が経ち、私も還暦を迎えたわけでして、そろそろ自分事としてちゃんと考えないとな、と。でも、当時の西城さんは多分65歳くらいだったと思うので、まだ少し余裕があるかなぁ、と怠ける口実を探してみたり・・・。

 

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