日本カメラでの1992年の連載『写真マニアの密かな愉しみ』と1993年『私家版術写真とそのマニュアル』が終わってしばらくして、情報センター出版局の細川生朗さんから、これらの連載をまとめて出版したいという電話が入りました。なんでも、書店かどこかで連載を読み興味を持ってくださったのが発端で、これは本当に著者冥利に尽きる話でして、うれしかったというよりも、これは本当の話なのか、だまされているんじゃないか、という不安も少しありました。

その後、直接お会いして話をし、ちゃんとした話だとわかって安心。もちろん、私に異論があるわけではありません。そうしたら、「日本カメラ編集部にご挨拶に行きましょう」ということになって、担当編集者の前田さん、社長の樋口さんに「これこれの事情で出版させてください」という話をしに行きました。本音をいうと、私の記事なんだからそんなことはしなくても大丈夫じゃないか、と軽い気持ちであったのですが、問題なく話は進み、後は実務作業だけとなりました。

リブロポートの石原さんと同じように、日本カメラでも「これは売れそうもない企画」と判断されていたのかも知れません。とういのも、後に、別の本の企画で連載の記事をそのまま使って進めていった後に許可をとろうとしたところ、「いやいやこの連載をまとめた本は日本カメラで出したい」となり、すべての記事を撮り下ろし書き下ろしするハメになったことがあるのです。だから、とにかくは、筋は通しておくべき。

「編集」の仕事

暗室の本は「ムック」といって雑誌のように一度に大量部数を刷って増刷はしないタイプでしたが、今回はいわゆる「単行本」で売れそうな部数だけ刷って売れたら増刷をするタイプです。見た目はどちらも本なのですが、流通との関係などでいろいろあるんだということを、この後知りました。

CAPA編集部は雑誌編集部で、細川さんが在籍していた情報センター出版局は単行本の会社というのも大きな違いです。なので、本づくりの考え方はかなり違っていました。CAPAのムックは雑誌のオマケじゃないですが、付加的な商品という位置づけで、作り方も雑誌のそれと多くは変わりません。全体の構成や文章の内容についても、雑誌同様、完全な間違いであったり、特段の問題がなければ、ほとんどこちらまかせ。

ところが、細川さんのやり方は、すべてを彼が確認・精査していって、わからないところはわかるまで私に説明を求め、それが反映するように書き直しを要求されました。全体の構成も、連載の順番をそのまま踏襲するのではなく、全体の意味の流れ、読みやすさをも考慮して作り直していきました。いい意味で、読者の代表でありつつ、著者の代弁者に徹したような方法で、このプロセス自体が楽しく、会話の一つ一つが新鮮で、これは売れる本になるはずだ!と確信したものです。

後に、いろいろな編集者と仕事をする中で、会社のカラーという以上におそらく編集者一人一人の進め方に個性があって、「編集者」と一括りにしてはいけないのだ、ということがわかりましたが、こうした経験があった上でさえ、細川さんの編集方法は、今でも私にとっての「スタンダード」といっていい位置づけにあります。

この本は、24人の写真作家の作品を真似て写真を撮り、そのことで考えを巡らしていくものですが、この24人にも許可を取らなきゃという話にもなりました。すでに亡くなられた過去の人、そして日本語のマイナーな本なので海外作家もOKとして、現存の日本人作家の方々には筋を通そうと。荒木経惟さんや森山大道さんはすんなりOK。篠山紀信さんは「返信がないけれど、まあOKでしょう」など、だいたい問題なく話は進みましたが、思い出深いのは下記のお二方。

ニューヨーク在住の杉本博司さん。掲載許可をいただく手紙の返信に「何の断りもなく連載に掲載した後で、いまさら単行本に使うから許可をくれというのはどういうおつもりか?」というお怒りの文言がありました。「それはそれでごもっともですが、云々・・・(忘れた)」という手書きのお返事を送りましたが、そのまま返事はありません。ちなみに杉本さん、当時から有名だった方ですが、さらに輪を掛けて有名になり、今年のNHK大河ドラマ「晴天を衝け!」のタイトルの書を書かれています。個人的にはかなり残念な感じのする書であって、本の件はさておき、なんだかなぁ、と思わずにはいられないのです。

土田ヒロミさん。写真学校の先生でもあったので、良心的に「頑張れよ」くらいな応援でもしてくれるかと思いきや、「あの写真を発表した後に(反社に)脅されるような事件があり、責任は持てない。ついては、今回の掲載は久門の責任の元で行ったもので、私に責任が及ばないよう一筆認めてほしい。」と。当時、青山あたりにあった土田さんの事務所「ニルバーナ」に赴き、覚書を交わしました。

『藝術写真捏造博覧会』出版

奥付は1995年の3月になっていますので、年明けまで、あれこれやっていたんだと思います。タイトルも、いくつか案を出して、練りに練った結果です。詳細はあまり覚えていませんが。

この出版は、カメラ雑誌はもちろん、新聞などでもいろいろ取り上げてくださいました。私が愛媛出身ということで、愛媛新聞の方も取材に来られました。愛媛新聞の方も二十歳代で、いろいろ話をする内に仲良くなって飲み会に誘ったりしたのです。

CAPAでは、5冊ほど読者プレゼントに使ってもらったのですが、この応募はがきは今でも手元にあります。久しぶりに読み直してびっくりしたのですが、「なぜ、この本を買うだけのお金がないのか書いて応募しなさい」というテーマを出していたみたい。みなさんいろいろ工夫して書いてくださっているのが面白くて、これは捨てられませんねぇ。

初版3000部。

売れなかったなぁ・・・。まだ、36年経った今でも在庫があるんじゃないか? と思うくらい。

でも、この本を読んでくださった「SPA!」の編集部の方から書評の連載仕事をいただいたり、写真関係の方々から称賛の言葉をいただいたりして、それなりの広がりはありました。
写真道場のお客様でも、あの連載が好きだったとおっしゃって撮影にいらしてくださる方もありました。

 

 

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