日本カメラの連載は下記のとおり。

1992年・写真マニアの密かな愉しみ
1993年・私家版芸術写真とその時代
1994年・贋・写真師けんけん録・・・写真道場の話
1995年・「A」写真家で行こう!・・アマチュアとアートとA列車 を掛けました
1997年・写真道楽必携・・・・・・・趣味の写真技術
1998年・写真実用必携・・・・・・・実用になる写真技術
1999年・趣味のポトガラヒ・・・・・ちょっと特殊な写真技術
2001年・わかば写し方教室・・・・・初心者向けの写真技術
2002年・悠々写真塾・・・・・・・・同
2003年・久門におまかせ・・・・・・同
2005年・二刀流読本・・・・・・・・デジタル・フィルムの両刀使い
2006年・特集連載

まあ、毎月毎月、飽きもせず続いたものです。2001年以降は、読者の写真技術向上を目指したもので、私自身も勉強のし直しもありました。編集部が懇意にしてるモデル事務所から、モデルの女性を連れてきてくださるので、モデル撮影の練習もさせていただいた次第で、勉強するのが仕事みたい。これらの記事をまとめて、何冊かムックも作りましたので、一粒で三度美味しい仕事でもあったわけです。

思うに、私自身は、カメラ雑誌などのメディアを通して写真の知識を身につけたアマチュアでした。写真学校では、技術よりも思想(?)的なことが重視されていましたので、実務的な撮影ノウハウはほとんど知らないまま。なので、雑誌連載での勉強のし直しを通して学んだことは多いのです。

そうはいっても当時、写真の技術を体系的に学べる記事は決して多くはありませんでした。いや、ノウハウ本はたくさんあるのですが、よくよく読むと、著者の自慢話に終始し、挙げ句は「大事なのは基本です」と、その基本はまるで紹介されないものばかりでしたから、読者の需要には一定程度応えられたはずです。私自身が学び直している中で書いた記事ですので、スタンス的にもよく、分かりやすい記事になったのだろうと今にして思います。いろいろ後知恵がついた今では書けません。いまさら的に面倒というのもありますし。

 

「アマチュア」はどこに行った?

ちょっと話はずれるのですが、カメラ毎日、アサヒカメラ、日本カメラの3大写真雑誌がなくなった、というのは、「アマチュア・カメラマン」という層が変質したせいなのだろうな、ということに最近、気づきました。

私が写真に関心を持ったのは1978年頃で、この頃写真は「若い男の子」の趣味として成立し始めたころになります。これ以前は、「父親」ないし「男≒おっさん」の趣味だったわけです。以下、大雑把に。

「父親」ないし「男≒おっさん」の趣味は、主に地方の写真店を介し、同好の仲間同士でたのしむもので、カメラ雑誌もあり、二科会とか、そういった全国組織にもつながりがありました。

「若い男の子」の時代になると、カメラ雑誌といっても、新興のCAPAとか、写真時代、投稿写真雑誌などが広がりを見せていきます。

その後、1990年以降の写真は、「女の子」写真のブームなどへとつながっていくわけですが、3大写真雑誌の休刊は、写真が「父親」ないし「男≒おっさん」の趣味としてはかなりマイナーになってしまった結果ということです。

 

「アマチュア・カメラマン」という言葉がしっくりくるのが、「父親」ないし「男≒おっさん」が中心であって、「若い男の子」もそれに含まれるけれど、「女の子」の場合はもうアマチュアという言葉には含まれないような気がします。アマチュアというのは、対語としてプロがあるはずで、だからプロの偉い先生を頂点としたヒエラルキーの下部構造をアマチュアがなすイメージがあるのですが、「女の子」はここにはハマらないんじゃないかなぁ。先生を求めるのはせいぜい「年配の女性」、といったら差し障りがあるか・・。

「若い男の子」の投稿写真などは、プロを目指したり、偉い先生のいうことを聞くのではなく、仲間うちでのスター的存在を自分たちで作っていくような傾向があり、これは多分、今のネット写真にも通じるものがあるはず。要するに、権威に認められることなく、だれでもスター的存在になれるのが醍醐味といっていいでしょう。投稿写真系はジャンルとしてはエロになるので、社会的には正当に評価されない、というのも、「若い男の子」にはより魅力的に映るし。なにより、変態的欲望に素直、というのがこの世代特有のものですしね。

こうした意味で、今の写真周辺を冷静に考えると、「アマチュア・カメラマン」という言葉が、ほとんど死語のようにも感じられてきました。余談ですが、コマーシャル業界ではずいぶん早くから(2000年ころか、もっと前)、カメラマンという呼称はやめて、フォトグラファーになりました。「カメラマン」は男を指すからです。「アマチュア・フォトグラファー」という言葉が成立しないのは、フォトグラファーは全員「プロ」だから。だから「アマチュア・カメラマン」に女の子が含まれないことは無意識的に常識であって、だから、「アマチュア・フォトグラファー」というような言葉も必要とされなかった、裏返しなのかもしれません。あ、「アマチュア写真家」という言い方はあるか。

いや、そんなことよりも、誰もがスマホで写真を撮影できるようになり、雑誌などのメディアを通さなくても写真を発表でき、権威に頼らなくても多くの人々の評価を得られるようになった今、「アマチュア」の区分けそのものが意味をなさなくなったといっていいかもしれません。昨今、マナーが悪いと評判の鉄道カメラマンや風景カメラマンは、それぞれの専門が細かく分かれているため、「アマチュア」という大括りにはできそうもありません。定義的には、「アマチュア」なんでしょうけれど。

もともとは、アマチュアの祭典である(った)オリンピックと同じで、プロでないからこその自由な表現を謳歌できるところに、アマチュアカメラマンの意義はあったはずで、こうした理念自体は変わるところはないと思うのです。ただ、主にインターネットのお蔭で、こうした人々が組織だった動きにならず、てんでんばらばらになっただけなのかもしれません。いやいや、このあたりはもうちょっと考えないといけません。

そうそう、もう一つ大切なのは、コンテストに応募される写真の中心であったのは、「町中で撮影するスナップ写真」なのですが、これが本当に難しくなってきたこともあるように思うのです。一般の人々のプライバシーの考え方が成熟したこと、個人情報保護というのも声高にいわれるようになったこと、つまるところは「インターネットの普及」の影の出来事なのですが、このあおりを写真コンテストは確実に受けることになりました。いまや、町中で一眼レフをもって写真を撮っているだけで、「ヤバイ人」扱いされそうな・・。

そういえば、1990年ころ。日本カメラ編集部の前田さんから聞いた話を思い出しました。

「年に何回かは、写真コンテストの作品の中に自分が写っている写真があるからといって、お金を要求するヤクザのような人がくるんですよ。編集部としては経験があるのでそれほど驚くことはないのですが、とにかくやっかい。一番いいのはね、こういう人か来たら、個室に通して話を聞いた上で、30分くらい一人きりにするんです。そうすると、だいたいおとなしくなります。最初に請求した金額も、どんどん下がっていきますしね。」

これは「技」。どこかで使える機会があればと思っていましたが、一度もありません。試してみたいなぁ。怖いだろうけれど・・。

テレビのニュース番組でみる街のようすなんか、道歩く人々は全員ボカシが入っていますが、その癖、いたるところに監視カメラがあって、そこには全部写っていて何かあったらすぐに見つかるという、そんな時代なんですがねぇ。

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