「新丸子つまみぐいまつり」の準備にかまけて、しばらく中断しておりましたが、ここに再開。

先日、何がきっかけだったから思い出せないのですが、古い写真家アウグスト・ザンダーのことを思い出し、図書館で『20世紀の人間たち』を借りてよくよく見直したら、これが実にいい。昔、彼のことを知った時に、ナチスの御用写真家みたいに思い込んでいたのですが、これは決定的な過ちであったことを知りました。ごめんなさい・・。

で、ザンダーからダイアン・アーバス、そしてアーヴィング・ペンまで、肖像写真のプロットを一直線に引けそうな気持ちにもなり、ああ、これはこれは、じっくり調べてみないといけないと思い、さっそく『20世紀の人間たち』を購入しました。

いやしかし、これ、びっくりするほど高い! 

のですが、メルカリで比較的安いのが見つかったので、即買いした次第。

 

 

20世紀の人間たち』。よくよく見ると、出版社はリブロポートなんですな。

リブロポートといえば、32年ほど前、私28歳ころから、ずいぶんお世話になった編集者がおりました。石原さんといいます。伊藤事務所に出入りしていたころのことです。

手元にある、『アーヴィング・ペン PASSAGE』は、石原さんにいただいた本だったはず。

 

 

そうそう。当時は本当にお金がなかったのですよ。

カメラというカメラもほとんど売り飛ばし、手元に残っていたのは、会社を辞めた時に餞として先輩にいただいた、ニコンFと、接写用の55mmだけ。

月18000円だかの家賃も、1年以上滞納し続けて、それでも平気な顔をして居すわり続けるという。

CAPAの高田さんから、「久門君、横浜で取材してほしいところがあるんだけど、いける?」と電話があっても、「すみません、電車賃がなくて・・」とかいう。

バカか?

この時、お金をどう工面したかは忘れたのですが、取材には行ったはずです。

一事が万事、こんな感じでしたが、それでもなぜか、将来の不安はありませんでした。なんとかなるんじゃないか、なんとかなるはず、という能天気な気分だけが支配しておったわけです。

まあ、バブル景気の時代というのは大きかったでしょう。世の中全体も浮かれていましたから。

本当に生まれた時代がよかった。それだけ。

リブロボートの石原さんにお会いしたのはこの頃。前に書いた伊藤事務所で。伊藤俊治さんといえば東大卒で、東大ならびに立派な大学を卒業した文科系の人たちが多く出入りしていのです。石原さんも、多分その一人。伊藤さんの本もたくさんリブロポートから出していた編集者です。

『ジャングル・クルーズにうってつけの日 ヴェトナム戦争の文化とイメージ』の生井英考さん。理由は思い出せないのですが、おしゃれなバーに連れて行っていただき、サシで呑んだことを覚えています。

『群衆論 20世紀ピクチャー・セオリー』などの港千尋さん。伊奈さんつながりもあり、私のアパートで一緒に呑んだり、大きな声ではいえないのですが、法政大学付属高校のプールに夜な夜な忍び込んで泳いだりしました。すみません。ほんとうにごめんなさい。

篠山紀信さんのヌード写真集で一発当てた、朝日出版の赤井 茂樹さん。伊藤さんたちと何度も飲みに連れて行ってもらいました。一時期、私の写真作品の大きいのを赤井さんのご自宅の倉庫に保管していただいたこともあります。何のお礼もせずじまいで、申し訳ありません。

などなど・・・。私の記憶力がよければ、もっと思い出せるはずなのですが・・・。ともかく、今では考えられないような方々のお世話になりっぱなしのまま、私は今、ここに居るわけです。

で、話は石原さん。なんとなく 木枯し紋次郎の中村敦夫さんに似ていて、ある日、伊藤事務所でお会いした時だったと思うのですが、控えめなハスキー声で、こう切り出されました。

「久門君、儲けさせてあげるからね」

うむむ。

続きは次回!

 

 

 

 

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