「ざんげの値打ちもない」といえば、北原ミレイさん。でも、そんな歌になるような話ではありません。念のため。前々回あたりに書いたプールのことを思い出したので少々。

30年以上前、会社員を辞めて上京して、しばらくした頃です。

上京して最初に住んだのは、クリーニング店が経営している古いアパートの一階でした。木造モルタル二階建て。家賃12000円。一階に三部屋。二階は四部屋あったと思います。一階の向かいは演劇をやっている私のちょっと歳下。右側には、東北出身の高校生が住んでいました。

四畳半。ドアを開くと左側に一口コンロと洗面があって、奥が畳敷き。押し入れは一畳なかったか。奥に一畳ほどの板の間があって、その向こうが窓。その模様つきのガラス窓を開くと、向かいの家の壁に触れるくらいで、陽はあたらず、昼なお暗い。しかし住めば都の四畳半。風呂なし、トイレ共用。トイレは階段を昇った中二階にある和式で、出すものを出してしばらくしてから、ボッチャンと音がする。だから跳ね返りの心配はなし。

それでも、世を捨てた私にはちょうどいいくらいで、夜露がしのげるだけで十分と思っていました。先に送ったにも関わらず、届いている荷物は段ボール一箱で、布団もなく、押し入れで夜を明かしたんですよ。アルミの鍋とラーメンを買ったはいいが、箸を忘れていることに後で気づき、なぜか段ボールにいれていた編み棒を箸代わりにしました。

いや、こんな話ではなかった。

何年かして、近所にも慣れた暑い夏の年。当時は今ほど暑くはなかったですが、エアコンはありません。風呂もシャワーもありません。陽のあたらないことが幸いしてはいますが、風通しは悪く、扇風機一つでだらだらするしかありません。いや、扇風機があったのかさえ怪しいのですが、そんなある日、徒歩数十秒の高校の裏門の横、電柱を避けてコの字型に折れ曲がった金網の下に、ちょうど人一人が入れるくらいの破れがあることを発見したのです。

これは、誰か彼かが常に通っている穴だな。と直感。

その穴を抜けた向こうの左側には、学校のプールがあることは前々から知っていました。

あ・・・・。

何日後だったかは忘れました。酒の力も手伝っていたかもしれません。ある夜、私は意を決し、その穴からこっそり忍び込み、プールへ。プールの入り口にドアはなかったのでしょう。あったかもしれませんが、人の背もない金属製の戸があるばかり。脚力のある若さはなんのことはなくそれを超え、足洗いの階段を降りて昇れば、そこは真夜中の25メートルプールです。当然ですが誰がいるわけでもありません。私一人。近所は一軒家ばかりで、高い建物もなし。プールに入ってしまえば、プールサイドの方が高いですから、周りから覗かれる心配はほとんどありません。

というわけで、水着の準備などはしていませんから、服を脱いで、真っ裸で泳ぐわけですよ。月空の下。誰もいない、誰もみていないプールで。もちろん、水の音はあんまりたてないように、静かに静かに。

カ、イ、カ、ン・・・(薬師丸ひろこの、セーラー服と機関銃風に)。

で、しばしば、一人で夜な夜な避暑に。

警備員が来た

そんなある日。闇夜の下、泳いでいたら、カチャカチャと腰に付けた鍵の音と共に人が近づく気配がします。懐中電灯の光がサーチライトのように動く。

これは警備員に違いない!

音を立てずに、静かに静かに注意を払いながら、プールの隅に移動。顔だけ出して静かに静かに・・・・。

何分たったでしょう。いや、たった数十秒だったかもしれません。

カチャカチャという音はすこしずつ遠ざかっていきます。暗闇だし、冷や汗は全部プールの水と同化するし、全身水の中だし、息を忍ばせているので、なぜか落ち着いてはおりました。

が、さすがにこれ以上泳ぐ勇気はなし。本日は終了。

これで辞めておけばいいものを・・・。若気の至りとはこういうことをいうのでしょう。

 

それからしばらく経って、あいもかわらず一人安心して泳いでいると、今度は、数人の若い男子の声がコソコソ聞こえてきす。

これは学生かなと思っている内に、声はどんどん近づいてきます。しばらくすると、プールサイドまできて、みな、服を脱ぎ始めるような。

同類か・・・。おそらくこの高校の学生。体育会系のクラブの合宿だろうか・・。

 

彼らはまさか先人が居るとは想像だにせず、一人一人、音を立てないようにプールに入ってきます。

私は、警備員の時と同じように、プールの隅に隠れ、3~4人のようすを観察。暗いので顔は見えません。メガネも掛けていないし。しかし、気のしれた仲間といっしょに悪さをする楽しさを満喫しているような、そんな愉快な話し声がヒソヒソ聞こえてきます。

いいなー。仲間になりたい・・・。とは思うものの、さすがに無理がある。しかも、このまま隠れ続けて見つかってしまうのもどうかと思う。

と、しばらくして、私、覚悟を決めました。

 

ゆっくりプールの中を移動し、彼らに近づきます。ゆっくり、ゆっくり、音を立てないように、気づかれないように、どの方角からどのように近づいたかは今だにわかりません。

そして、開口一番。小声とはいえ、ちゃんと聞こえるくらいの低い声で・・・。

「こんばんは・・・」

一瞬、彼らの会話が凍りつきました。

「泳いでいるの? じゃあ、僕は先にでるね」

で、全裸のままプールサイドに上がり、そそくさと服を着てプールを出て、例の金網の穴からアパートに戻っていったのです。

その後のことはあんまり覚えていません。幽霊の話しにでもなっていたら、これ幸い・・・。いや、なにが幸いなんだか・・。

伊奈さんが「やめよう」と言ってくれた

そんなこんなで、時々一人で泳いで避暑を満喫していたわけですが、あるとき、伊奈さんが遊びにきて酒を呑んだ時に調子にのって、一緒に泳ごう! と。

伊奈さんも、こりゃいい楽しい楽しいと何回かは一緒に泳いだはずです。港さんと伊奈さんが遊びに来た時は、三人で。そうそう。四国から遊びに来た友人・知人とも一緒に泳いだかもしれません。

能天気な私は、慣れっこになっていたこともあり、後先考えない愚かさも手伝って、あんまり気にしなかったのですが、ある日、伊奈さんが、「これはやっぱりまずいよ。辞めよう。辞めた方がいい」と諭してくださったのです。

冷静に考えてみればまずいことはあたりまえなのですが、当時は、別に失うものもなし、どうとでもなればいいという自棄っぱちもあったのでしょう。私には。

しかし伊奈さんは、プロとしてちゃんと仕事もしていたし、何かあった時に失うものがあることに自覚的であった。今にしてそう思うのです。そしてはそれは、全面的に正しい。

というわけで、私のバカンスはこれをもって終わりを告げました。

というようなことを思い返しだしたら、もっとどうしようもない話が芋づる式にでてくるわけです。しかしもう、このあたりで辞めておくのが懸命というものでしょう。

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