このB5サイズの下敷きは、四国電力に入社して、火力部門への配属が決まったころに教育用にいただいたものか。あるいは、高専の3年生くらいの頃に、西条火力発電所に見学に行っていただいたものか、いずれかのはずです。40年以上前。

西条火力発電所には、自分一人か、あるいは同じクラスの誰かとバイクで行ったのです。時期からすると、カワサキKE-125。何のアポもとらずに突然訪ね、発電所の正門から入って守衛事務所に行き、「見学させていただけませんか?」とか申し出ました。アポイントメントという言葉も知らず、まずは見学が可能かどうか、可能だとしていついけばよいか確認する、という社会的常識すら持ち合わせていなかったのですな。しかしこのくらいまでは、バカというより、若気の至りで許してあげよう。と、還暦の私は思います。

守衛のおじさんは、いきなり来た若人の扱いに戸惑ったのでしょう。一応、総務かどこかに電話をしてくださいましたところ、「OK」との返事。

「あらま、言ってみるものですねぇ。」という良心的な感想は私にはなく、「そのくらいのことはしてくれて当然」と思っていたフシもあります。

おそらく、運転状態が安定していて暇だったのが幸いしたのでしょう。というのは、勤めてみてからわかったことですが、多分30代くらいの社員さんが発電所の中を一通り案内してくださいました。そこで見せていだたいたのが、上の下敷きにあらわされた「火力発電所の仕組み」です。原理自体は簡単で、お湯を沸かして、沸騰してでてくる水蒸気でプロペラをまわし、その先に付けたモーターで発電する。という小学生の夏休みの宿題みたいなもの。たったこれだけの規模を大きく、性能を高く、効率を良く、電圧も高く、電力量も大きくすると、金属でできたビルの化け物のような巨大なプラントになるわけです。

こうやって気軽に(?)見学できることに味をしめた私は、これから数カ月後くらいに、伊方の原発にもアポなし見学にでかけたのですよ。新居浜から松山を越え、内子を越え、大洲を越えて、八幡浜へ。そこから佐多岬半島を目指し、半島の根元の伊方町に入り、細い細い曲がりくねった山道を登って昇って登り切り、ようやく一山越えて瀬戸内海が見える地点に着いてやっと、伊方原発を見下ろすことができました。だいたいは陸路で行くところではありませんで、燃料やら資材は海から運び入れるのです。なので、まさに陸の孤島的な場所。新居浜をでてから、最低でも6時間はかかっているはずで、午後3時はゆうに回っていたでしょう。

そうしてやっと入り口まで来ることはできました。しかし守衛さんには会えなかったかもしれません。インターフォンで話をしただけか。あんまり記憶にないのは、多分、交渉のコの字もとることができず、すごすご帰るしかなかったからでしょう。

まあね。相手は原子力発電所です。どこの馬の骨ともわからない未成年を、そうやすやすと構内にいれてはいけません。ハイ。

で、多分、八幡浜の友人の自宅に泊めてもらったのだと思います。高専は、愛媛の各地から学生が集まってきていたので、どこへ行くのも宿泊地が用意されているようなものではありました。

 

排煙脱硫装置とは?

 

火力発電所の仕組みは、この下敷きにしっかり説明されているとおりです。今、見直すと、本当に過不足なくよくできている説明図なのです。がしかし、現場を見たこともなく、中に入ったことなく、さらにこの中で仕事をしたことがない人が、この絵だけで全体像を把握しようとしても、そこはやはり無理があるとも思います。まあ、世の中、だいたいそんなものでしょうが。

さて、話題は、画面左上の煙突の一つ手前にある装置のこと。排煙脱硫装置といいます。排煙は原油を燃やした後にでてくる不要なガスや煙のこと。硫は硫黄の「硫」で、化学式はS。排煙の中には、原油に含まれている硫黄分が酸化してでてくる、SO、SO2、SO3といった、硫黄酸化物(亜硫酸ガス)が含まれています。いくつもの種類をまとめてSOX(ソックスと読みます)といい、喘息や酸性雨、つまりは大気汚染の原因となります。なので、ガスや煙の中から、この成分を取り除く必要があり、この作業をしているのが排煙脱硫装置(略して、ハイダツと呼んでいました)です。単純にいうと、排煙の中に、カセイソーダ(水酸化ナトリウム)の雨を降らせることで、亜硫酸ガスと反応を起こして、亜硫酸ナトリウムを生成。雨を降らせるだけだとよく混ざらないので、吸収塔の下部にはゴルフボール大の白いプラスチックが大量に入っていて、それをかき混ぜることで反応を促進していました。そして、そこからまた何かの手続きを経て、石膏を作り出すという流れだったと記憶しています。できた石膏は、建築材料などに使われます。有害で不要なものから、有用なものを作り出す、今風にいえばSDGsってことにもなりましょうか。

でも、本当をいうと、企業としてはコスト高になるためあんまりやりたくはない。ちょっとお荷物的な存在、という雰囲気は確かにありました。カセイソーダのような強アルカリ性の液体なんかをパイプで送るわけですが、もちろん普通の金属では腐食してしまう。ステンレスがいいとはいっても、台所で使われているような安物では長持ちしません。SUS316とか、SUS316Lとかいう、やたら高価なステンレスを使います。また「スラリー」と呼ばれる、こまかな粒子が含まれる液体が流れる場合は、パイプ内が磨耗していきますから、内部をテフロンでコーティングしたタイプを使うなど、一つ一つの部品がとにかく馬鹿高いのです。もちろん、そんなこんなは、全て仕事を通して学んだこと。なので、案外、付け焼き刃の知識ばかり。

保修課計測係に配属された私の2年目の担当が、この排煙脱硫装置でした。計測係は、この装置のあちこちについている圧力計や温度計、そしてこうした計器から出てくる信号を使って、ポンプやバルブなどを自動で動かすためのいろんな装置のメンテナンスを行っていました。まあ、配属されて2年目で初めて体験することばかりでしたので、右も左もわからず、先輩諸氏に教えてもらいながら、実際にやる仕事は伝票発行と、現場での立ち会いくらい。

ところがある時、坂出発電所ではなかったはずですが、排煙脱硫装置で停電が起こり、脱硫ができなくなって、SOXを大量に大気中に出してしまうという事件が起こったのです。新聞などでも騒がれたんじゃなかったかと記憶しているのですが、このあたりは全て上司や先輩から聞いた話です。

で、停電対策をしなければならん。

ついては、もっとも大事なカセイソーダが流れている2本のパイプの中の、その流量だけでも、停電してさえ把握できる仕組みを作れ! という命令が発せられ、それが運悪くたまたま私の身に降りかかることになってしまったのです。

んなもん、どうすりゃいいのよ・・・。

で、次回。私の奮闘記(?)に突入。

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