寝付きの悪い夜にうつらうつらと考えていて、どうした加減か、この記事を思い出しました。バブル経済終盤、中古カメラ市場がおおいに盛り上がっていたのです。銀座の松阪屋で毎年のように「中古カメラ市」が開催されていて、日本カメラの記事のために取材に行った時の記事です。日本カメラの編集者と一緒に、吉祥寺の前田さんにも同行してもらって、あれこれ物色しながら会場を歩いたのです。前田さんには、ずいぶんお世話になりました。お友達だった、米屋の鈴木さん。佐渡の田村さん。紅一点だった田村さん。いろいろ、芋づる式に思い出しました。皆さん元気にしているかなぁ。

こんな次第で記憶をたどりたどり、そういえば当時はワープロ(OASYS)を使って記事を書いていたなぁというところまでは覚えていたけれど、つい先日、そのワープロソフト「OASYS V10」のCDを廃棄してしまったのでした・・・。

なんたる不覚。

昔々のディスクを探し出し、ファイルは見つかりました。拡張子は「.OAS」とか「.OA2」。なんかね。遺物ですな。テキストエディタで開いても、数字が並んでいるだけ・・・。で、探しに探して、「OASYS  V7」のCDバックアップが見つかりまして・・・。やっとここさ救出できましたので、ここに再掲します。

ファイルの日付を見てみたら、2000年4月5日でした。おおかた、四半世紀前の文章です。

 


中古マニアの花園、クラシックマニアのメッカ、貧しい写真家の憩いの場、などなど形容詞はいろいろあれど、とにかくは年に一度のお祭り騒ぎ。東京銀座は松屋の8階。ドド~ンと大判を振う勢いで、やって来ました世界中古カメラ市。カメラ狂いの弥次郎兵衛・喜多八が繰り広げたる戯けの数々。ここに読者の寝酒のつまみに供したる思いで、その一部始終を著すものならし。

季節外れの初詣

厳しい寒さも一段落した2月末。晴天吉日、暦は大安。開店時刻は10時半。弥次喜多の待ち合わせは、その1時間前の9時半であった。なのに扉の前は、すでに長蛇の列。よくよく見ると、そのほとんどはオヤジ。ま、弥次喜多とて同類ではあるが、いささか不気味な観はいがめない。ここは高級百貨店・松屋の入口。パチンコ屋の新装開店でもあるまいに。街ゆく人々が怪訝な目で通りすぎていく。
そんなわけだから、開店と同時の初詣状態。陳列棚の前は、人という人、オヤジというオヤジの寿司詰めである。カメラなどまるで見えない。それ以前に、まともに歩けやしない。が、ここは我々オヤジ特有のセコい傲慢さでもって、ちょいとした隙間にはまりこむ。ふむふむ。あるわあるわ。欲しそうなカメラが五万とある。

喜多「金さえあれば、ここのを全部買ってやるのに」
弥次「ほお、買ってどうする」
喜多「あたりめぇのことを聞くない。売って一儲けするまでよ」
ト、これを聞いていた店員、にがにがしく笑いながら、カウンターの上に置いてある玩具のようなカメラに目をやる。
弥次「おお、これはエンサインじゃの」
店員「しかり。1952年、イギリス産にござる。現行のブローニーフィルムも使えます」
弥次「9千円たぁ、ちと高いようだ。少し勉強しなさらんか?」
店員「高くはござり申さず。この値段なら、1時間後には全部、他の客人が買っていきなさいます。買うなら今のうち。さあ、さあ。どうなさいまする。さあ、さあ」
一等弱いのはカメラ好きの下心にあり。焦る気持ちを抑えようはずもなく、弥次、懐中より万札を取りいだす。
喜多「それは賽銭かい?」
弥次「わははは。円をサイセンするか。エンサインセン。エンサイン。ええい、しゃらくせぇやい。」

ここは触れる博物館?

喜多「おぉぉい、弥次さん。これは何じゃ。カメラの原点/カメラ・ルシダと書いておる。見たところ、ただの真鍮の棒にプリズムがついただけ。これが9万円とはいかなるものよ」
弥次「それは写生器じゃ。言葉の意味はカメラ・オブスキュラの反対。つまり、明るい場所で写生するための道具よ。何でも今世紀初等のイギリスで流行ったものらしい」
喜多「ほお。で、どう使う」
弥次「知らん。はて、店員さんは知らんかえ」
店員「知り申さず」
ト、喜多、おもむろにカメラ・ルシダを手に取り、あれやこれやといじくりまわし始める。店員、いささか青ざめて、喜多の隙を見てカメラ・ルシダを奪い取り、そそくさと箱に仕舞い込む。
弥次「博物館なら触れもしないものを、ここなら自由にいじれるから楽しいものよ」
喜多「そりゃ、そうよ。お客様は神様とは、よう言ったものよ。わははははは」
ト、弥次喜多、笑いながらブースを離れ、人ごみに割って入り姿を消す。店員、大いに胸を撫でおろす。

奇天烈なる値段交渉

喜多「おおっ。これはもしや、ステレオカメラ・ビューマスターのフィルムカッターではござらんか」
店員「お目が高うございますな。しかし、これはチェコ製。別メーカーにございます」
喜多「チェコ・ステレオバキア製とは珍妙だ。で、ビューマスターにも使えるのかい」
店員「もちろんでございます」
喜多「しかし、1万5800円とは細かいの。どれ、この800は無くならんものか?」
店員「では、1万6000円でどうでしょう?」
喜多「馬鹿にするない。その程度の計算ならできる。もっと安くはならんのか、と聞いておるのだ」
店員「おっしゃいますな。ここまで安い品物。これ以上は負けられません。しかし、それでも易くしろとおっしゃるのでしたら、仕方がありません。2万円に致しましょう」
喜多「わはははは。そこまで言うなら、言い値で結構。これ、1万5800円じゃ」
店員「否。消費税がつきますから、1万6274円にございます」
結局、喜多、言い値で購入。
喜多「これ弥次さん、2万円の品物を1万6274円まで負けさせてやったわ」
弥次「得したか?」
喜多「そうさな。しかも物と一緒に3726円の現金も付いてきた。大いに得をした気分だ。わははは」

1950年代のAPS

喜多、1台のカラフルなカメラを食いつくように見ている。
喜多「弥次さん、これは何だい。ペンティーという名らしいが、どうにも可愛いカメラではないか。なんだか南蛮あたりの貴婦人にも似合いそうな感じがする」
弥次「なに、貴婦人のパンティか? そう言えば突き出た棒も妙だな。おいおいそこの店員さん。これは何だい?」
店員「1台にございます」
弥次「わははは。そうではない。これはどういうカメラかと聞いておるのだ」
店員「ペンタコン人民公社にございます」
喜多「これまた珍妙な。アメリカ国防総省が中国にできたのかね」
店員「東ドイツ製にございます」
喜多「して、フィルムは普通の35ミリかい?」
店員「そのとおりにございます。しかし、普通の35ミリにはございません」
喜多「はて、これまた奇怪な。35ミリなのに35ミリでないという。何か魂胆でもあるのかな」
弥次「そうじゃないぜ、喜多八よ。フィルムは同じだが、パトローネが違うのさ。今、思い出したのだが、これはダブルパトローネ方式というのだ。で、今の35ミリフィルムでも専用のパトローネに詰め替えさえすれば使えるはずさ。な、そうだろ。店員さん」
店員「私共の店では、新品のフィルムも売っておりまする」
ト、棚よりアグファ『XRG200・RAPID』を取り出してくる。もちろん新品のカラーネガフィルムである。
喜多「他では手に入らんのか」
店員「私共の店では売っておりまする」
喜多「わかった、わかった。で、そのパトローネはどんな物だい?」
ト、喜多、カメラの裏蓋を開けて見る。すると、そこにあるのは黒いプラスチック製の空のパトローネ。
喜多「これはこれは。最新鋭のAPSのフィルムそっくりだわい。」
一同、大いに笑う。

有名写真家気分を堪能する

カメラの上に扇型の出っ張りのあるマーキュリーⅡを手にしている弥次。
弥次「このカメラは、かつて篠山紀信が若かった頃に始めて使ったカメラなんだぜ」
喜多「ほお、それで?」
弥次「篠山紀信は円照寺という寺の子。で、近所の子や寺に来る子供を集めて、寺の倉庫を使って幻灯大会をして遊んでいたんだ。『まだまだ続くレモンキッド』とか、『コックリちゃん』とかいうタイトルで、ちゃんとした話の筋もあって、その面白いの面白くないのって」
喜多「見てきたようなことを話すじゃねぇか」
弥次「でも、嘘じゃないぜ。『私のカメラ初体験(朝日ソノラマ)』に書いてあらぁ」
喜多「そうか、初体験か。しかし、いい話じゃぁねぇか」
ト、喜多、弥次より受け取ったマーキュリーⅡのファインダーを覗きながら、
喜多「俺なら、こうなるかな。『もうお終いのクモンキッド』とか、『ポックリちゃん』なんてな。わはははは」
弥次「縁起でもねぇこと言うぜ。わははは」

 


 

このときに買ったカメラは、写真道場のショーウインドウにあります。

 

 

以下、掲載写真はフィルムだったので見つからず。どこかにあるかもしれないので、見つかったら掲載します。

囲み記事
やたら有名人に遭遇するの図
写真⑨⑩
いましたね。やっぱり。何がって、中古カメラと言えばすぐにでも思いつく人々が。誰って。見ればわかるでしょ。ね。いくら人ごみとは言っても、こういう有名人はすぐに判別がつくもの。面白いですね。人間の視覚っていうのは。
というわけで記念撮影。実をいうと弥次喜多共々、始めて会ったのです。中古カメラが取り持つ縁というのもまた深いものです。えっ? 赤瀬川さん、坂崎さん二人にとっては、深い縁でなく、不快な縁だって? いやはや、そういうものかもしれません。

屋上での昼休みの図
写真⑪
百貨店の屋上は小学生以来のような気がする。こう天気がいいと、気分もいいもの。自分たちのことはさておき、汗くさいオヤジたちに囲まれた中古カメラ市から逃れて、ちょっと一休み。もちろんやることといったら戦利品の品定め。ああ、情けなや。

ピンクのライカの図
写真⑫
いや、これで驚かない人はいないはず。何でも、若い女の子がオーナーらしく、参考出品。パーツをそれぞればらしてから、メッキを落とし、耐久性のある焼き付け塗装をしたものらしい。おおよそ15万円程度の費用でできるオリジナルのライカ。皆さん、やってみませんか?

写真ネーム
①開店1時間前なのに長蛇の列。
②左、弥次郎兵衛こと前田靖宏氏。右、喜多八こと久門 易。
③弥次さんの戦利品。エンサイン・フルビュー。9000円也。
④カメラ・ルシダをいじくりまわす喜多さん。
⑤不毛な値段交渉で笑いこける喜多さん。
⑥お洒落なペンティ。フィルムの規格は新機軸?。
⑦飛び出している棒を押し込むことでフィルム巻き上げ、シャッターチャージができる。
⑧マーキュリーⅡを手に篠山紀信になりきる?