
多分、1985年。写真学校2年の時だったはず。月号は不明。
阿波踊りが掲載された「SPACE」が、この頃には「GALLERY」に名前が変わっています。
タイトルは「田園調布の人々」。写真学校は夜間だったので、昼間のアルバイトがない時はだいたい写真撮影をしていたのです。結構まじめ。
この頃は、田園調布を歩き、出会った人に写真撮影の許可を経て撮影していました。当時も、かなり怪しい感じだったと思いますが、今じゃ無理でしょう。
数年後、知人にこれを見せたところ、知っている家族が写っている話になりました。確認をとってもらったところ、事実その家族だということで、既にご本人もここに掲載されていたことはご存知だったのですが、「勝手に雑誌に掲載したのはけしからん」とお怒りモードだったと。こんな場所で恐縮ですが、本当にごめんなさい。

ともかくも、これらの写真は「作品」撮りという目的なのですが、はて、なぜ田園調布なのか? なぜ家族を撮影しているのか? という理由は判然としません。
というよりも、写真を撮って発表するその目的に、なんらかのテーマを設定することを快しとしなかったのです。具体的なテーマを設定し、それを伝えるために最善の手法を取ることはきわめて合理的な発想ですが、それをすると、なんとなく「仕事」になってくるような気がしたというか・・・。
なので、写真に具体的な目的がありません。写真家になろうという具体的な目標もありません。
目標も目的もないのに写真を撮る。この無意味さにこそ意味があるというか、なんというか。
まあ、屁理屈なわけですが、目標も目的もないのに写真を撮る、というのは、かなり精神的にはきつい。そもそも、意味がないんだもの。
というような、ある種、虚無的な毎日を送っていたわけです。



