資料を整理していたら、コダックなどのフィルムやカメラのカタログや啓蒙用のパンフレットのたぐいがごっそりでてきました。写真撮影や処理はデジタル一辺倒になってしまっていますので、これらはもはや無用の長物となりはてているわけですが、それでも、今見直すと懐かしさを超えて、写真の「技術」を学ぶことが、当時はとても面白かったことを思い出しました。
工業高専・電気工学科卒。国語、社会といった文系よりも、はるかに物理や数学などの理系の授業が好き。そうはいっても、化学はまったくもってチンプンカンプンだったので、私の中の写真の技術、というと、光学や工学のカメラ方面に向かうわけで、フィルムや現像の仕組みはあまりわからないづくここまで来てしまったのですが、それでも、相当に勉強しました。
もっとも、フィルムや現像液を開発したり、独自の技法を見いだすことを目的とせず、「写真(作品)を作る」だけなら現像の仕組みや原理などわからなくても、現像の具体的方法がわかればよいのです。カメラやレンズの仕組みを知らなくても、写真は撮れます。自動車がなぜ動くかなど考えなくても、自動車は運転できます。
いや、現実的にいえば、自動車が動く仕組みなど知るよりも、運転技術や規則を学ぶ方がはるかに実用的です。カメラやレンズの仕組み、現像の仕組みなどを学ぶ時間があるなら、撮影したい対象を撮影したいように撮影し、それを見たい人に見せたりする方が仕事にしても趣味にしても有益でしょう。
もちろん、カーレーサーのような専門職や、特殊な写真を撮影する写真家にとっては、きわめて専門的な知識が必要になることがありますが、そういう人はごくわずかですし、自動車やカメラやフィルムなどを設計したり、作ったりする専門職とは異なる見方をしているはずです。というよりも、平均的というか大多数の人にとっては、「仕組み」よりも、「結果」が重要なのであって、自動車でいうなら走行時の安定性などよりも最高時速が速い方に目がいくし、写真の場合は写り方よりも何が写っているか? が大切だったりします。
写真にても自動車にしても、それらが地球上に誕生したころは、作れる人が使う人、だったはずです。江戸の末期から明治にかけて活躍した上野彦馬さんあたりの写真家は、自分で感光材料を作るところから始めたわけで、これは他の人には真似できなかったわけですから、彼らが撮影した写真は、それだけで「価値」のある「いい写真」になり得ます。彼らが撮影した写真を見ると、肖像あり、地域の写真あり、戦争の記録もあり、とまあ、ジャンル横断的というか、そもそもジャンルが存在しなかったおおらかさを感じることもできます。
時代は移り工業化が進んで、作る人と使う人が別々になっていっていく。量産化と高品位化を求めるために分業化も進む、となると、それぞれの専門ができてくる。写真も、写す対象や目的によってジャンル分けがされていく・・。とまあ、乱暴な話を進めるなら、1960年代以降の高度成長期以降に、「PRVOKE」などでの「写真表現」が誕生していくのも、こうした大きな流れの一環だったのだろうな、と思うのですが、ちょっと話が飛びました。
話を戻して。今回発掘した冊子のタイトルをざっと。
●コダック
- プロフェッショナル用白黒フィルム
- Photography with Large-Format Cameras 大型カメラの使い方
- POLYMAX RC Paper
- フィルターハンドブック
- 白黒写真における写真薬品とその処方集
- トーニングのABC
- 白黒ネガティブとプリントの修整
- 白黒感光材料のトーニング
●富士フイルム
- BLACK & WHITE PRODUCTS LIST
●East Street Gallery
- 永久保存を目指す写真の処理と保管
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当時のコダックはもっと数多くのテキストを公開していて、その内容の正確さ、表現の的確さ、わかりやすさ、など、アメリカ企業とユーザーの距離感の近さを感じるもので、とても憧れていました。この点、日本のメーカーは、技術的内容を公開することがすくなく、使い方はカメラ雑誌や著名な写真家などに任せていたように感じます。分業というだけでなく、責任問題を回避する目的もあったかもしれません。ユーザーが未熟だということも背景にあるでしょう。
コダックの大判カメラの使い方の最後のページにある「ライブラリーをご利用いただく鍵・・・」にはこのような記述があります。
「アセテートフィルムから動物写真の撮影法に至るまでの種々のトピックスを包含したデータ ブック、データガイド、そして技術パンフレットなどが850種以上も収録された『Index to KODAK Infomation』(英文)が毎年発行されています。写真に対して真にキョウミヴお持ちを方には、コダックライブラリーは有益な資料としてその価値をお認めいただけると思います。・・・中略・・・・
上記を英文インデックスまたは日本語版ブックリストについてのお問い合わせは、長瀬産業(株)コダック製品事業部にお申しつけください。」
この冊子は1977年のもので、2000年ころまでは世界的な大企業であったコダックですが、デジタル化に乗り遅れ、2012年に倒産してしまいした。
冊子の多くには、記事内容のサンプル写真として適切で、見栄えもよい写真が掲載されています。技術解説ですから、見栄えのよさは必要ないといえば必要ないはずですが、ここはビジネスだからでしょうか。
そういえば、技術に関心が向いた人の写真作品は、その技術的要素に注目する嫌いがあって、たとえば、解像度、レンズのシャープさ、階調、色調、ピントなどなど、これらを競うようになる傾向が非常に強いのです。だから、技術に関心のない人には、その違いがわかりませんし、わかったとしてもそこに意味を見いだせません。でも、当人が強く説得するものだから、「そういう写真がいい写真」という理解をしていくことになって、これが伝言ゲームさながら、都市伝説のようになっていく。
高価で知られるブランドのカメラやレンズ、もちろんフィルムなどもおおかたそんなものだったのだろうと、フィルムカメラもフィルムも使わなくなった今になってみて、やっと冷静に感じることができます。