アクセサリー大全/1991年 CAPA

1991年のCAPA。私、30歳。 当時、池袋サンシャインでIPPF(インターナショナル・プロフェッショナル・フォト・フェア)、新橋貿易センタービル(かな?)で写真・映像用品ショーが毎年開催されていました。顧客層的に前者はプロ向け、後者はアマチュア向けというような分け方ですが、主催団体が違っていたのです。仲がよくなくても、お互いに棲み分けして、それなりに繁盛できていた時代です。 と、今のCP+と、どうしても比較してしまうのです。歳をとるとはこういうことか。 カメラの歴史もそれなりに歴史を刻みますが、その周辺のアクセサリーもまた、カメラとフィルムに歩調を合わせながら浮き沈みがありました。それでも、カンブリア期の摩訶不思議な生物よろしく、ありとあらゆる冒険がなされた「夢」のような時代でした。 最初は、CAPAの編集長の企画だったと思います。私が仕切り役で、岩月、外久保、吉村と分担して、取...
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『写真道楽必携』/1998年

1998年の日本カメラ連載。『写真道楽必携』。タイトルは、上野彦馬翁の舎密局必携のトビラ(右写真参照)をもじったのです。サブタイトルは「写真を撮りたい人のためのスーパー写真術講座」で、初回のタイトル上に「大型新連載」とあって、カラー4ページを自由に使わせていただきました。 1998年に Windows98が登場してしましたが、私はワープロを使っていました。富士通の親指シフト。このキーボードのせいもあって、PCにもインターネットにも、ずいぶん乗り遅れました。それでも写真はまだまだフィルムが主流で、この連載にはデジタルのデの字もでてきません。 古い時代の写真の話、レンズと数学の話、光と色の仕組みなどなど、写真を支える周辺の(あんまり実用的ではない)学術的な分野の紹介もしながら、趣味を通り越して「道楽」として写真を楽しもうっていう企画です。書き手としては、知識として知っていることを、実際に...
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『写真マニアの密かな愉しみ』/1992年

『日本カメラ』始めての連載。当時、編集担当だった前田さんから、「なんかやってみない?」と声がけされて、企画を考えました。 有名作家の作品を真似て、その意味を考えていこう。という内容を思いつき、右も左もわからないままスタートしたのですが、これが面白くてハマってしまいました。撮影も文章も楽しかった。当時は若かったから、お酒を呑みつつワープロのキーボードをたたいていましたねぇ。富士通の親指シフト。フィルム撮影、多くはモノクロ写真で、フィルム現像からプリントまで、自分でやっていたのです。 日本人作家、とりわけご健在な方の場合、作品を真似て発表するのはいろいろ面倒だよ、という話をいろんな場所で耳にしていたので、木村伊兵衛さん、屋須弘平さんと、大昔の方のみにしました。この1年の連載が上手くいったら、翌年は日本人作家を扱おう、という作戦を立てたました。9回目の...
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『超ローテク写真術』/2000年頃

『日本カメラ』単発の企画。2000年頃だと思います。フィルムの一眼レフを使って、飛び出すポラロイド、虫眼鏡を使った接写、凹レンズやドアビュア、鏡を使って面白撮影をしたり、心霊写真を撮ったり、極めつけはスリットカメラとファナキスティスコープ。 この頃は、こんな遊びばっかりやっていました。 デジタルになるとなんでもできる分、味気ないような気がします。 ebook
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趣味のポトガラヒ/1999年

『日本カメラ』1999年の連載。2ページもの。11回分しかないので、多分1回休みになったのでしょう。記憶にないのですが。 タイトルのイラストも自分で描きました。暇だったんです。原画がどこかにあるはずなので、見つかったら掲載しましょう。   写真雑誌というのは、写真家の作品グラビア、最新カメラの紹介、写真コンテストの三本柱でできていて、皆さん実に真面目に写真を探求していたのです。 私がやっているのだけが「写真」、だから「あれは写真じゃない」という指向がまた強いのです。 うして全体が、政治には絶対関与せず、カメラやフィルムの売り上げを伸ばすだけの(健全な?)方向を向いていた、と・・・・・ 今から思い返せばそんな感じがします。割合近視眼というか、広がりがない。 でも、そんないろんな方角を向いた人が寄り合い所帯を形成しているのが写真雑誌であって、相応の懐の深さがったこともまた事実。...
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元気印の写真ラボ大全/2005年

『日本カメラ』2005年10月号の付録。A5サイズ、24ページ。 写真のデジタル化が進み、写真のラボ(現像所)の先行きがどんどん暗くなっていく時代。 しかし愛好者は多く、個人が自分のラボとレンタルラボを兼ねて起業したり、アートシーンを裏で支える名物職人が表舞台に取り上げられるなど、不思議な盛り上がりをしていた時代です。 企画、取材交渉、取材、写真に文章、ぜーんぶ自分でやったのです。(ま、他の連載もだいたいそうでしたが。) なくなってしまったラボも多いですが、元気でがんばっているラボもすくなくありません。 続いてほしい気持ちは強いのですが、感光材料がなくなったら終わり、ではあるのです。 10ページに登場するフォトグラファーズ・ラボラトリー(赤坂)は、板橋にあったドイテクニカルフォトからのお付き合いがあって、今でも写真のアート界にはなくてはならない存在です。 ここのサイトにでてい...
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不朽の名機 ニコンSP 完全復刻/2004年暮れ頃

『コマーシャルフォト』。2005年に予約を受け付けるニコンSP復刻版を製造していた水戸の工場の取材に行きました。 世の中のデジタル化が大きく進むなか、ニコンとしては機械式カメラの職人の技を継承し続ける、という大きな目的もあったのです。 アメリカであれば「これから機械式カメラは売れなくなるから君たちの仕事はもうないのだよ。だから、クビね。」となるのでしょう。 さてはて、どちからがよいのか・・・。 しかしこの記事から20年を経た今、さすがに機械式のフィルムカメラの生産は途絶えてしまったようです。 ebook
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写真表現法入門/1998年

コニカが運営していたアマチュア写真クラブの会報『Photo Konica』、2年目の連載。1998年。 ピンホールカメラから始めて、目の仕組み、カメラの仕組み、コンテストにおける写真のタイトル問題、写真の歴史、など当時の私が知りうる限り広く、「写真表現」を考えたものです。何の制約もなく自由奔放に思うところを書かせていただきました。基本的な考えは、今でも変わりません。こういう仕事をやらせていただいたこと自体、実に幸福だったと思います。 『Photo Konica』に応募してくださったアマチュア写真家のコンテスト写真も使わせていただきました。もちろん、執筆当時はデジタルではなく、写真プリントやスライドフィルムなどを送っていただき、話に都合がよいものを選んだのです。あれから30年近くが過ぎ、作者には鬼籍に入られた方々が少なくないと思います。ありがとうございました。   eboo...
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どうなってまんねん?/1997年

コニカが運営していたアマチュア写真クラブの会報『Photo Konica』の初めての連載。1997年。秋山亮二さんのお引き立てでした。 写真のノウハウ、といえば一般的にはカメラの使い方から入るものが多いのですが、カメラメーカーというよりもフィルムメーカーとしてしられるコニカでしたので、フィルムからみた写真講座、を企画したのです。 基本のキから始め、リバーサルフィルム、ネガフィルム、モノクロフィルム&印画紙・・・、11回にはセピア調の使い切りカメラという今ではほとんど忘れられたフィルムも登場します。12回は、中判・大判フィルムまで一通りのフィルムを解説しています。 連載がしばらく続いたころ、コニカの新入社員などの研修に使われ始めたという話を耳にして、ずいぶん気をよくしたものです。デジタル全盛の今、改めてフィルムカメラを始める方がすくなくないと聞きます。そんな方々にはぜひ目を通していただ...
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駅前写真館の冒険/1999年

コニカが運営していたアマチュア写真クラブの会報『PHTOTO KONICA』の連載の3年目の企画はこの「駅前写真館の冒険」でした。今思うに、よくもまあこんな自分本位な連載を自由気ままにやらせていただけたものです。これは一重に、秋山亮二さんのおかげ。 eBOOK
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